二つあります。ひとつは、長い年月をかけて作られてきた面構えをよりどころとして代謝してゆく街並み。もうひとつは、日々新しい面構えを生み出すことで代謝してゆく街並み。私の住む街は、新しいものによりどころを求め続けて、結局どこにもよりどころのない街になってしまったような気がする。こういうのを、‘ケツのすわりが悪い’と言うのだと思う。