日刊鶴のひとこえ

553声 酔句ing

【更新日】2009年7月6日(月)

「第8回ワルノリ俳句ing」から一夜明け、昨夜とは打って変わって、
穏やかな夜を過ごしている。
明晩の「クレインダンス情報」に載せるべく、
机上に散乱している短冊を整理しているのだが、
自ら詠んだ句で、いささか不甲斐ない句も散見され、気が萎えている。

ところで当世では、デジタルカメラやケータイカメラの普及により、
場所選ばず、手軽に写真撮影できる。
それに伴って、一寸した宴席などで、記念写真やスナップを撮られる機会も、
自然と多くなる。
飲んでいる時に撮った、酔っ払いの自分が写っている写真を、
後日、素面でまじまじと眺める恥ずかしさと言ったら無い。

俳句も同じ。
今回の吟行に出掛け、陽の高い間は、眉間に皺寄せ、句を吟じている。
そして陽も傾き、なかなか句も出揃い、冷たい麦酒などで、気も解れてくると、
危うい。
眉間にあった皺が伸び、目尻はだらしなく下がり、表情が全体的に弛緩して来る。
良い心持で、なんだか秀句が浮かんだつもりになって、一瞬、尤もらしい顔に戻り、
句を認める。
「酔句」とでも言おうか、そう言う類の句は、決まって駄句。
翌日、素面で見返した時には、酔っていた時よりも更に、赤面させられる。

そう言えば、「ドランクモンキー酔拳」と言う映画。
主人公は修行の賜物で、「酔えば酔うほど強くなる」と言う、
奥義「酔拳」を体得するではないか。
ならば、私も修行を積んで、「酔えば酔うほど良くなる」と言う、
奥義「酔句」の体得を目指すべきではないのか。

と言うのは冗談で、私、至って真剣に俳句に臨む所存で御座います。
ワルノリもまた、御愛嬌。



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